カープ

[コラム]カープ、25年ぶり悲願へ vol.3 ”1991年、ぼくらのカープ”

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6度目のリーグ優勝、1991年。私的にも「広島vs埼玉」

1991年のリーグ優勝と日本シリーズは嬉しくて悔しかったものとして記憶しています。当時、僕は父親の仕事の関係上、埼玉県に住んでいました。この年のパリーグ覇者は西武ライオンズ。もちろん、埼玉県に本拠を置くパリーグの強豪です。カープは野村謙二郎内野手や前田智徳外野手、佐々岡真司投手など若手の台頭や、大野投手、川口投手などベテラン・若手で投手野手もバランス良い感じで揃っていました。後から知った話ですがその前の年まで「炎のストッパー」として抑え投手をしていた津田投手が闘病生活に入ったのもこの年で「津田のために頑張ろう」とチーム一丸となってセリーグを制覇したのがこの年です。埼玉にあった僕の家でも細やかに祝勝会が開かれました。

そして、埼玉に住んでいたからこそ「悔しい思い」をしたのです。

埼玉にいる以上、もちろん回りは西武ファンの数が圧倒的です。(セリーグだともちろん巨人ファンかヤクルトファンで大多数占められていますが)文化放送のラジオで「ライオンズナイター」を放送する地域ですし、西武は黄金時代の真只中でしたので家の近くの西友は毎年のように「ライオンズ優勝・応援セール」をしていたように思います。当時の小学校の友達に遊ぶ誘いをした時のこと。

「明日は日本シリーズ観に行くんだ、ごめんね。カープ相手だもんね、絶対勝つよ」

友達に「僕のルーツは広島で、もちろんカープファン」ということをあまり口外していなかったのだと思います。「カープが勝つ」ものだと思っていた僕はその友達の一言が信じられず悔しい思いをしましたし、実際の日本シリーズも最終節までもつれながら負けてしまったのでダブルに悔しい思いをしました。秋山・清原・デストラーデ・・応援しているチーム以外のクリーンナップ(3~5番)のスタメンを覚えたのは91年の西武が初めてだったように思います。潮崎、郭泰源、工藤、渡辺、渡辺・・サード石毛、セカンド辻。。投手もすごく、クリーンナップ以外の打線も半端ない迫力で当時の西武ライオンズは黄金時代に相応しく、本当に絶大なるインパクトでした。
年末年始に広島の田舎(広島県内の父親の生家)に戻った時は街中含め賑やかでした。カープが優勝するとこうなるんだな、ということをこの時初めて実感できたような気がします。そしてその思いはあれ以降持つことはできていない訳なので、そういう意味ではトリプル悔しいまんま、大人になってしまいました。。

199108 池袋

写真(上):91年埼玉に住んでいたころ。東京(特に池袋笑)が近かったので、「大都会」という場所に初めて住んでいるような感覚でした。

90年代も途中までは強かった・・!

91年以降もなんだかんだで強いカープは見ることが出来ました。年代は少しずつずれますが、野村、正田、山崎、小早川、前田、西田、江藤、金本、ロペス、緒方、西山、代打の町田や浅井。ピッチャーはベテランの北別府に若手の佐々岡、大野、川口、紀藤、加藤、山内、チェコ(笑)・・テレビゲームで友達と対戦する時も絶対カープを使っていましたし、実際上に列挙した選手がいることで本当に強かったです。91年の優勝ももちろんですが、テレビゲームでの強さでも恩恵を被っていたような気がします(笑)

そして「ビッグレッドマシン打線」と言われた96年などは最たる例でしたが、悲劇が広島を襲ったのも同じ96年のことでした。11.5ゲーム差をひっくり返され3位で終幕してしまった「メイクドラマ」をきっかけに失速、その後98年から15年間もAクラスに入ることができなかったのです。

これまで僕は、両親のおかげで小さな頃から様々な地方都市に住み、それらの都市を見てきました。広島に住んでいただけでは分からないようなカープとの接し方、他球団ファンの思いなど、本当に多種多様な視点で見れてこれたと思っています。中でもこの「91年埼玉」や次回に触れる予定の「03、05年阪神」などはその代表格たる例だったのではないかと思います。こうして色々なところで他球団の優勝を見てこそ「ますますカープへの思い」が強まっていった、ということなのだと思います。

コラム:カープ、25年ぶり悲願へ
  1. vol.1「ぼくらのカープ、ぼくとカープ」
  2. vol.2「広島とカープ、ヒロシマのカープ」
  3. vol.3「1991年、ぼくらのカープ」
  4. vol.4「メイクドラマとBクラス低迷時代」
  5. vol.5「2013年CS初進出そして2016年・・悲願達成へ!!」
  6. 番外編「優勝!!」
writer紹介

稲見 健志(いなみ たけし)

広島市出生。本籍は広島県三原市。父親の仕事の関係上、熊本、京都、埼玉を転々とし、京都の大学を経て在京の広告会社勤務。生まれながらにしてカープファンであり、現在の実家も広島市のためカープ熱が上がらんばかり。関東の球場だけでなく、広島・マツダスタジアムでも団体観戦を組んだり、居酒屋を貸し切って観戦会を主催したりしている。カープの胴上げの瞬間、どこで何をしているか分からないが、オンラインの手帳にはto doリストの一番上に5年前から「カープ優勝のために水分を溜めておく」と記している。

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