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[コラム]カープ、25年ぶり悲願へ vol.2 ”広島とカープ、ヒロシマのカープ”

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広島のカープ、広島人のカープ

広島とヒロシマ。漢字とカタカナの表記どちらもが成り立つように、広島という街は日本でも世界でも特別な都市の一つです。1945年8月6日午前8時15分。人類史上初めての原子爆弾がこの都市に落とされ、8万人近くが即死、15万人近くがその年中に命を落とす、という歴史的大惨事となりました。僕がこの場で「歴史的大惨事」と一言でまとめられるようなものではありませんが、スペースの関係上でもやむを得ず、というようにご理解を頂きたく思います。もちろん、広島の街も壊滅し、当時広島市内に住んでいた僕の祖母も親戚を辿り、広島県三原市に移り住んだほどです。通常「広島」と漢字で書くのが一般的ですが、「ヒロシマ」とカタカナ表記する場合、この「被爆都市・国際平和都市」であることを含蓄させているようなことが多いように思います。

戦後残された広島の方々が奮起し、復興のために市民を元気づけようと創設された球団こそが「広島カープ」です。この辺りの話は僕も歴史や他のことで勉強したり、人から見聞したりしてきた範疇ですので多くを語ることができませんが、学生時代に「プロジェクトX『史上最大の集金作戦・広島カープ』(当時のNHKのドキュメンタリー番組)」を観たり「広島カープ誕生物語」(中沢啓二著/DINO BOX刊)を読んだりして知識を深めていきました。原爆ドームのすぐ北側に完成した「広島市民球場」。祖母からも「あれが出来た時は嬉しかったんよ、優勝なんて一生せんでもええけ、野球観れる平和なことだけに感謝したもんよ」と話してもらったことがあります。野球を観れる平和な毎日に感謝。原爆体験の話自体を祖母から一番聞いて来た僕にとって、祖母が漏らした言葉には実に重みがありましたし、小学生の頃から「カープをもっと知るには原爆のことももっと知らなくてはいけないんだな」と思ったものでした。

広島人にとって「カープ」とは生活の一部

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写真(左)祖母と自分(小学校入学のころ)

祖母は原爆で広島市内を離れてから「広島市には二度と行きたくない」と思っていたそうですが、市民球場ができてから気持ちが変わったそうです。球団創設時には資金面にも苦労したという「樽募金の話」もありますし、同時期に球団身売りの話もありました。苦労を重ねながらも創設から26年目の1975年、カープはリーグ初優勝を成し遂げます。この時の優勝祝賀パレードが今も続くGWのフラワーフェスティバルにつながっていったことは有名な話ですし、このような歴史があるからこそ「広島とカープ」はずっとずっと切り離せないものです。母体企業のない市民球団ですし尚更、というのがよくよく分かります。「黒田投手の現役続行」だったり、つい先日の「優勝マジック20が点灯」にしても広島のテレビ各局で速報テロップが流れるほどです。広島の人たちにとって「カープとは?」生活の一部なんだろうなと思います。

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写真(上)つくば万博(1985年)の自分、やはりカープ帽でしたが残っている写真には意味も分からず阪神のTシャツを着たものもあり貴重です笑。そしてこの年は神がかってたその阪神が優勝した訳ですが、前後はカープが優勝しており、強かった時代です。

僕の勤めている業界(広告関係)柄、TVやラジオの視聴率、聴取率などのデータを毎日扱っていますが、長年こうしたデータに関わってきた同じ部署の大先輩が僕に話してくれたことがありました。「プロ野球とJリーグ、どちらもチームがあるのは日本の中で9都市だが、TVやラジオのデータから拾ってここまで野球人気が突出しているのは広島がダントツだろう」と。確かにJリーグの強豪・サンフレッチェ広島もありますが、チケット販売や視聴率で見てもカープの人気は目を見張るものがあります。今年2016年もマツダスタジアムの入場者数は過去最高を更新しそうな勢いですし、チケットが取れず、ネット上でプレミア化しているともよく聞きます。カープ人気、とどまるところを知らずのウナギ上りですが、僕らのように30代そこそこの人間からすると紆余曲折あったよなーという思いが蘇るはずです。次回、こうしたところに触れていきたいなと思っています。

コラム:カープ、25年ぶり悲願へ
  1. vol.1「ぼくらのカープ、ぼくとカープ」
  2. vol.2「広島とカープ、ヒロシマのカープ」
  3. vol.3「1991年、ぼくらのカープ」
  4. vol.4「メイクドラマとBクラス低迷時代」
  5. vol.5「2013年CS初進出そして2016年・・悲願達成へ!!」
  6. 番外編「優勝!!」
writer紹介

稲見 健志(いなみ たけし)

広島市出生。本籍は広島県三原市。父親の仕事の関係上、熊本、京都、埼玉を転々とし、京都の大学を経て在京の広告会社勤務。生まれながらにしてカープファンであり、現在の実家も広島市のためカープ熱が上がらんばかり。関東の球場だけでなく、広島・マツダスタジアムでも団体観戦を組んだり、居酒屋を貸し切って観戦会を主催したりしている。カープの胴上げの瞬間、どこで何をしているか分からないが、オンラインの手帳にはto doリストの一番上に5年前から「カープ優勝のために水分を溜めておく」と記している。

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