ひろしMAGAZINE

[コラム]広島ジン、故郷(ヒロシマ)に帰る ~東京10年、ワシントンD.C.経由~ 第2話

第2話:広島ジン in ワシントンD.C.

いつか広島に戻りたい、と漠然と考えてはいましたが、こんなに加速度的に実現するとは思ってもいませんでした。何よりも、戻ると決めて、想像以上に自分がホッとしていることに驚きました。私、こんなに帰りたかったんじゃ。以前の上司らに仲立ちしていただき、4月から広島でテレビ番組のディレクターを続けています。

前回ご紹介した「広島愛の川プロジェクト」を通じて、nextひろしまやdrinksひろしまに参加するようになったことも、広島愛を掻き立てられた要因の一つです。

さて、ご先祖にハワイや南米への移民がいるとは聞いていませんが、故郷に惹きつけられるのと同じぐらい、「外国」に引き寄せられる私。

東京生活卒業旅行の行先はワシントンD.C.

もうこれが最後の転職(のはず)なので、合間にどうしても長めの休みを取って、海外に行きたい、と関係各所に無理を聞いてもらい、半月少々の休暇を確保しました。基本ヨーロッパかぶれなのですが、今回は「広島に帰ったら、いつか広島のことを海外の人に英語で伝えたい」という野望があるのと、被爆70年の番組でアメリカが取り上げられていたこともあって、行先に選んだのはワシントンD.C.です。せっかくなので午前中だけ語学学校に通うことにしました。

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ホワイトハウス
ホワイトハウス前で反核と平和を訴えるテント(35年間座り込み運動を続けた「コニーさん」はことし1月に死去
ホワイトハウス前で反核と平和を訴えるテント(35年間座り込み運動を続けた「コニーさん」はことし1月に死去

ワシントンD.C.はアメリカの政治の中心で、知名度は高いのですが、旅行先としてはなかなか地味な扱いを受けている都市です。確かに同じ東海岸のニューヨークと比べたら霞んでしまうかもしれませんが、これがどっこい、すごいんです。スミソニアンの自然史博物館も、航空宇宙博物館も、ナショナルギャラリーも、まだまだある錚々たる博物館群、ぜーんぶ無料。午前中は英語の授業を受けて、午後は博物館巡りだなんて素敵ではないですか。なんせ形から入るタイプなもので、妄想だけは大きく膨らませていました。結局は、“引越しの疲れ”と“時差ボケ”と“久々のお勉強”という三重苦により、計画は大幅縮小を余儀なくされたのですが。

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ワシントンD.C.のシンボル、ワシントン記念塔

広島に原爆を投下したエノラゲイに会いに

その中で、どうしても見に行きたかったのがエノラ・ゲイです。71年前、テニアン島を飛び立ち、広島上空で人類初の原子爆弾を落としたあの爆撃機B-29が、ワシントン郊外のスミソニアン航空宇宙博物館別館に展示されているのです。これがまあ行きにくいのなんのって。ダウンタウンからは、ダレス空港行きのバスに乗って1時間、空港で別の路線バスに乗り換えて15分の道のり。地下鉄が乗り入れている近郊線+路線バス、もありますが、どっちにしろ難易度高いですよね。NYから日帰りや1泊2日で来ている人はまず行こうと思わない遠さです。でも、広島に帰る広島ジンとしては、ここは負けていられません(何と戦ってるんだか)。週末を使って足を運びました。

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Steven F. Udvar-Hazy Center (航空宇宙博物館別館の舌をかみそうな正式名称)こんな感じで航空機がゴロゴロ

実物を目にする前は、自分がエノラ・ゲイを見てどう感じるのか、あれこれ想像を巡らせていました。一瞬にして多くの市民を死に至らしめた、禍々しい凶悪な爆弾を運び、落とした飛行機。美しい広島の街を、阿鼻叫喚の惨劇に陥れた悪魔の使者。そんな負のオーラをまとっているのでしょうか。それを見て、怒りが沸き上がるのでしょうか。

エノラ・ゲイ
エノラ・ゲイ
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エノラゲイの解説ボード

倉庫のようなだだっ広いがらんどうなミュージアムには、大小さまざまな航空機があるものはぶら下がって、あるものは置かれています。正面入り口から入って左手の一角が、第二次世界大戦時の航空機が集められているコーナーで、エノラ・ゲイもその中にあります。戦争歴史博物館ではなく、航空博物館なので、戦史が記された年表もパノラマも遺品もありません。ひたすら航空機が展示されているからでしょうか。あんなに構えて近付いたのに、私にはエノラ・ゲイも、”one of them”に感じられました。何よりも驚いたのは、70年以上たつというのに、銀色の機体がピッカピカに輝いていて古さを感じさせなかったことです。これは、「70年前」が私が思っているほど昔ではないということなのか、アメリカの誇りとして機体が手厚くメンテナンスされていたということなのか。

理由は何であれ多くの人の命が奪われた、だから第三次世界大戦など断じて起こしてはならない

翌月曜の英語の授業で、週末何をしたのかを訊かれた際、アメリカ人教師の反応を試したい気持ちもちょっとあって、エノラ・ゲイを見た話をしました。そして、「飛行機はただの飛行機で、それ自体に罪はないのかもしれないと感じた」、と。すると、アフリカ系アメリカ人で、オバマ大統領にちょっと似ている教師は、Googleで画像検索したエノラ・ゲイの写真をほかの生徒たちに見せながら、「これがエノラ・ゲイ。みんなは知ってるかな?」と尋ね、私以外のクラスメート(ウクライナ人、サウジアラビア人、イタリア人、フランス人)が知らないと答えると、広島に原爆を落とした飛行機であること、アメリカでは戦争を早く終わらせるために原爆投下が必要だったという意見があること、ソ連と対抗するために技術力を誇示したかった側面もあること、理由は何であれ多くの人の命を奪ったこと、だから第三次世界大戦など断じて起こしてはならない、と質疑を交えながら熱弁を振るい、教室はしーんと静まり返りました。

日本の報道では、「アメリカではいまだ原爆投下を正当化する理論が大勢」と言われることも多いですが、ワシントンD.C.が国際都市だからなのか、彼自身の資質がそうなのか、この時の教師の説明は、リベラルで、客観的でした。「アメリカ人は原爆投下を正当化する」というのもある種ステレオタイプな見方で、主観的かもしれないなと反省させられました。

さらに、「エノラ・ゲイはパイロットのお母さんの名前」だけど、肝心のパイロットの名前を答えられなかった自分の知識の曖昧さも反省。広島を伝えたいんだったら、気合入れて学び直さないといけません…道のりは長い。

~つづく~

コラム:広島ジン、故郷(ヒロシマ)に帰る ~東京10年、ワシントンD.C.経由~
  1. 8・6生まれの広島ジン、東京で故郷(ヒロシマ)にめざめる
  2. 広島ジン in ワシントンD.C.
  3. ワシントンD.C.から広島へ 世界が注目するなかで

注)一個人としての広島ジンが体験した範囲での個人的な意見です。ご了承ください。

writer紹介

長通 麻弥(ながどおり・まや)

東広島市出身。大学卒業後、広島の放送局でスポーツ・報道を担当。 30歳を前に自分探し症候群にかかり、「スペイン行きます」と退職。 スペインに10か月、イングランドに2か月滞在したのち帰国。 名古屋(1年)を経て東京に居を移し、再び番組制作の道に舞い戻る。 東京でスポーツ・報道・情報番組に携わること10年、 この4月から広島に戻り、主に広報番組を制作しています。 もうちょっと計画的に生きたいと思いつつ、行き当たりばったりな人生を送っています。

 

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COMMENTS & TRACKBACKS

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  1. 現在ワシントンDC近郊に住む中高の先輩からこのコラムをご覧になって別途メッセージをいただいてます。
    ****以下メッセージ***+
    UDBER-HAZEYに何度も足を運んでるのでENOLA GAYの考察、なかなか興味深く拝見しました。
    以下同じ広島人の自分からも補足しておきますね。
    あそこの博物館で館内のガイドを行っている多くの人がVETERANS(退役軍人)さんたち。
    ガイドによっては、「The next is ENOLA GAY, the hero of World War II」という強烈な出だしから説明を始めるおっちゃんもいます。
    アメリカ国内では未だVETERANSの選挙(票)への影響度は大きいことから、選挙陣営側もそれらをうまく取り込もうとしますし、そうするとどうしても報道的には「正当化する理論が大勢」という伝え方になるのだと思います。
    自分たちが一緒に仕事をしてるような若い奴らは確かにこのコラムにあるような柔軟な考えを持ってますよ。
    ****************

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